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地政学 [日記帳]

トカラ列島は文化の交差点のような場所。


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本州、琉球王朝、大陸側、東南アジアの中継地点として
古の時代から栄えていたらしい。
いわゆる交易。潮の流れが難しい海域で水先案内人をやったり。

潮の流れにのって、色んな国の人が来て、
色んな文化が入り交ざった。

 
日本のお祭りごとに使うお面は
たいてい鬼をもしたお面をつけるけど、
ここでは精霊のような、悪霊のような?
鬼とは全く異なる面をしている。

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地の利というものがある。
戦後は領土としても重要な場所だった。
トカラ列島・琉球はアメリカ占領下におかれ、日本に国土復帰したのは1952年だ。

 
年明け、マレーシアのマラッカにも行ったのだが、
港町は海外の玄関口であり、人が集うため商売も栄えるし文化も融合する。
その土地をもっている国は拠点にしやすく、場所として重要視されるんだなと感じた。

地政学ってなんだかおもしろそう。
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島の先住民、IターンとUターン [日記帳]

中之島の人口はどうなっていくのか?

島ならではだと思うが、高校生から親元・島を離れ鹿児島で寮生活をする子供たち。
なので幼いころから自立を促される教育が行われる。
高校に出てしまうと、その後大学、就職と島に戻ってくる人はほとんどいない。

一方、島の人たちもどんどん歳を取る。
病院の世話になるようになると、3カ月家を離れるなんてこともある。

人々が離れていくばかり。入ってくる方はどうなのか?

まず、若い人たちが移住してくるほど、知名度がない。
なぜならば、島の存在を外部にアウトプット(宣伝・広告)をしていないから。
どんなに小さくても、PRを一生懸命頑張っている島もある。
(トカラ列島の【宝島】は結構がんばっている)

中には年に数世帯、Iターンで島に移住してくる人たちもいるが、
1年、3年、5年程度で出て行ってしまう。

出て行ってしまう理由には2つある。

1つは仕事がないこと。生活ができなくなる。
はじめは農業ができると思って移住してみるも、
中之島の地質は粘土で、作物が腐ってしまうのだそう。
果物のバナナやパッションフルーツなどを作ってみると、
今度は台風で木が何度も何度もなぎ倒されてしまう。
できると思った農業の全てができないことを知り、
致し方なく別の島や都市に戻って仕事につく。

もう1つは、島の人たちの内向さ。
もう少し協力しあったり、知恵をだしあえば何とかなりそうな気もするのだが
島の人から見ると、”外”からやってくる人たちは”敵”のような存在なのだそう。
「外の業者で家を立てたら、島の人たちに壊されるぞ」
とのうわさも出るくらい。

(島には仕事がないから、
 どんな小さな仕事でも島の中で共有して、外にお金を払う位なら
 島の人たちにお金をおとせよな、ということらしい。)

島の人たちには、今までずっと島でやってきた自負やプライドもあるのだろう。
なんたって、トカラ列島の中で見れば最も人口が多くて、
最も栄えていた島だから(かこには島の人口1500人くらいいたそうだ)。
そんなこんなで入島する人にはひどく厳しい風当たりなのだそうです。
 
 
過去の栄光やプライドを知らず知らずのうちに握りしめ、
他の価値観を受容できず変化できなくなる、ということは
退化のはじまりなのだなぁと体感せざるを得なかった。

そしてこの体感を伴う気付きは、
自分にとっても痛く突き刺さったのです。

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*交流会に来てくれた島の人たち。
 Iターンの人も、島の人も、みんな親切だったけどな。

===
なにはともあれ、
島の自然環境のこと、島の暮らしのこと、島の人たちのこと、
島のインフラのこと、島の魅力、
アウトプットしなかったら分かってもらう方法ってないじゃん。


アウトプットがない=誰にも何も届かない=ないも同然。


そんな構造になる恐れがあると知り、
もっと自分の体験や感情や思考をアウトプットしていこうと思ったのでした。

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自然と人間 [日記帳]

中之島に来て、
毎日たくさんの命と触れ合えました。

牛の出産直後に立ち会ったりもしました。
(出産自体は思いのほか早くて立ち会えなかったが…)
牛はとってもおだやかで優しい。中には元気いっぱいな性格の子もいたけれど
つぶらな瞳がかわいくてかわいくて、たまらなかったです。

毎日風の匂いを感じて、空気の湿り気を感じて、
竹の群生の勢いを感じながら日々を過ごす。
 
 
ある日、ホストの河本さんに島を半周、観光に連れて行ってもらった時の事が
いまでも忘れられずに心の中に残っている。
 
 
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*島を一周する道が寸断されていて今は一周ができない。
 
 
島唯一のキャンプ場に到着した。
人間に使われずさびれたキャンプ場には、
なんと大量の海洋ゴミが打ち上げられていました。

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海岸一杯に、誰かが敷き詰めたかのように転がっているゴミ。
特に多いのがプラスチックゴミ。

この島の位置は潮の流れから、
太平洋ゴミベルトのちょうど真上に位置しており、
海外からも大量のごみが打ち上げられているのだとか…。

*太平洋ゴミベルト(Wikibedia参照)

 

多くの方はご存じだとは思いますが、
プラスチックは木材のように自然に分解されていくものではなく、
破片が細かくなりマイクロプラスチックとなっていき
様々な問題を引き起こします。

たとえば、海水で天然塩を作った商品なんかにも
白く透明なのでプラスチックが誤って混入していても気が付かず、
そのまま売られてしまうことがあるそうです。
 
 
この光景を見たときに、心が締め付けられるような、悲しい気持ちになりました。
ああ、なんとかできないのか…。そんな無力感も感じました。
そういえば環境問題に興味を持って大学の専攻を選んだんじゃなかったのか。
自分に対する悔しさも湧き起こりました。

  
ここから車を走らせること15分ほど。

 
今度は、絶景の見晴らし。

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そして生命力豊かな、この島のパワースポットともいえる
大樹が生える場所。ヤルセ、という土地。


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この2か所は本当に素晴らしい場所でした。

手つかずの自然。
凛とした空気。
いい氣が流れてる、ってわかる全てがクリアな感じ。
 
=== 
大自然の美しさと、人間の勝手で良くない影響を与えてしまっている状況。
この両極端を同時に感じたことが、
やっぱり環境問題から目を背けたらいけない。と自分に強く思わせたのでした。
 
 
今年に入ってから、
できる時に夫婦そろって街頭ゴミ拾いをすることにしました。

プラスチックごみが、雨で川に流れて海に流れて
またどこかの海辺を汚さないために。
海の生き物たちに迷惑をかけないように。


第1回開催はできたので、第2回開催~今年は何回開催ができるか
楽しみです。
そして、ゴミなんて拾わなくてもいい社会が来ることを切に祈ります。

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中之島での1週間 [日記帳]

中之島での暮らしは、お天気に左右される。

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島の真ん中に御岳(おたけ)があり、そこに吹く風次第で突然雨になったりする。
島では沿岸の西地区、東地区と、高台にある日の出地区の天気が違う、
なんてことがしょっちゅう。

そして、南の島ということもあり、すっかりあたたかな気候を想像していたが
風がビュービュー吹き付けて、寒い毎日だった。

中之島には害獣とされてる動物がいる。
それがヤギ。
車で走ってると野生のヤギにたくさん出会った。
なんともかわいい、ヤギ。
野性をつかまえてそのまま飼ったり、また放したり、と付き合い方は様々だが
島の人は ヤギ=害獣 の意識が強かった。

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島には、畜産業を生業としている人が多く、トカラ馬と牛・鶏。
鹿児島は和牛がかなりお金になるらしく、それで生計を立てているとか。

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それにしても、島は驚くほどに何もなく、
コンビニもない、ガソリンスタンドもない、小中学校はあるが高校もない。
ましては仕事もなくて、島人の平均年収は120万だそう…。

交通費も送料もかかるのに、どうやって暮らしているんだろう。
自給自足と言えど、やはりお金は大切だと痛感したし、
島暮らし、は生易し物でもないのだなと感じました。

===
何もない生活の中で感じたことがある。
 
それは、何もないからこそ気づけることで、

普段身の回りにたくさんあった ”しあわせ” だ。

何もない、ということは非常に豊かだ。
何もない、というところには、たくさんの目に見えない豊かなものがある。

物に心が支配されないから、
なにもなくても自分からたくさんのことを見出していきやすくなる気がした。

食べ物だって、
「今日は卵があるねぇ(鶏が産んでくれたから)」とか、
「今日はきくらげがとれたねぇ」とか。
「今日は天気がよくて作業がはかどったねぇ」とか、そんな感じ。
 
毎日のなかに、ありがたいこと、って本当にたくさん眠っている。
そんなことはとっくの昔に気づいていたし、分かっていたのだけど、
それを味わい感じ尽くす時間は持てていなかったなぁと思った。

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知らない場所、知らない人たちのところに行ってみたい欲 [日記帳]

しかも誰も行かなそうなところを選んで。

===
2018年12月21日

のこり10日を残して、わたしは仕事納めでした。
22日~有給もプラスして、なんと1月14日までの長期休暇を取得しました。

 
【トカラ列島】

その場所をみなさんはご存知でしょうか?
聞いたこと、あるような、、ないような、、、?
地図上でどこにある場所なのか、たぶん知らない。

【中之島】

この地名は聞いたことがあるかもしれない!
大阪!

そう、それも正解なんだけど、
今回行くのは鹿児島のトカラ列島の中に有る中之島。

 
なぞに国内なのに知名度の低い場所、認知されていない場所、に興味をそそられて
村おこしボランティアというプログラムに参加する、という形で1週間の旅に出ました。

*村おこしボランティア http://ecoff.org/murabora

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週2就航のフェリーで7-8時間
フェリーとしま2は2018年4月に新しい船になったそうで、とてもきれい。
2等で全然大丈夫。

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トカラ列島の中では最も人口の多い島。
しかし、その数160名ほど。


島に着くと雄大な自然が待っていました。
想像していたより島は大きく、時計をきにしないのんびりとした時間が流れているのでした。
 
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ところで、【なぜ誰も知らない場所に行きたかったのか?】
自分でも不思議なものですが、振返ってみるといくつかの言葉が思い浮かびます。

・体験を予測したくなかった
・人と違う選択をしたかった
・情報過多な毎日につかれた
・一人の時間がほしかった

受取ろうとせずとも、色んな情報が手元に届き
それを見て、その人の主張とか世界観とかに触れて
ちょっと疲れていました。

世の中にうずめく情報や正義に
ちょっと疲れていました。

だからちょっとだけ場所を変えたくて、環境を変えたくて、
そんな気持ちで人里離れた離島を求めていたのかもしれません。
 
 
中之島でのできごとは、また次回。
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2つの選択肢を持って決めること

[今日の私]
 
朝起きたら8:30でした。(9:00始業)
うおっ、と思って、(昨日までの泊りがけの選考合宿がつかれたなー)と思い、
(うーん起き上がれないなー)と5分だけ二度寝。
 
旦那さんが、どうしたのー?起きないのー?と聞いてきたので、
うーん疲れが取れない。と言ったら
そっかー、午前中休めばー?と返される。
午前中あれもこれもあるしなー。と言うと
遅れていってその分バリュー発揮すればいいんだよ。と返される。
 
甘い誘惑だねぇ、それは。とつぶやきながら
よし!起きる!といつも通り出社。(チャリで5分なので9時に余裕で間に合う。)
  
 
「休んでもいいよ。出社してもいいよ。」
  
 
どちらも自分の中で選択肢を持ってみると、
あーこれはちょっとだけ甘えで言った。ってわかる。
圧倒的な 休んでいいよ があったおかげで、
いやいや行くし。笑 という気持ちが大きくなった。
 
きっと毎日普通に出社してるけど、
無意識で出社することを”選択”して会社に来ている。
 

今日はいつもより、仕事をすることを自分で”選択”して会社に来た気がして、
たまってる細かい仕事もはかどるはかどる。
 
 
不思議なもんですな。
 
弱さを自分の中で認めることやさらけだすことは、うまくやれば
自分の意思を引き出すことにもつながるもんだなぁと思った1日でした。
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餃子とおっちゃんと3

週末、「友人の結婚式に参加する」という旦那さんに便乗して、
神戸旅行に行ってきました。

初日、旦那さんは結婚式で相当飲み、その後の二次会でもガンガン飲み、
あっという間にホテルでダウン。笑

元々1人旅が好きな私は、つぶれて意識の無い彼に
「一人で夜の神戸を楽しんでくるね」と声をかけて外出。
南京町、元町エリアに繰り出しました。
 
 
一角に行列ができている餃子屋さんを発見!

餃子好きにはたまらない出会い。
食べログ評価も高いそのお店に、入らない理由はありません。
カウンターしかない、油が壁に染みついた、
長くここでやってきたんだなーと感じられる、ザ!という雰囲気に魅かれて
1人で入店したのがこの物語のスタートです。
 
 
案内された席は、
リュックが壁にくっつくんじゃないか?というくらい狭いカウンター席。
左隣りに観光に来ているらしいお若いカップル。
右隣に競馬新聞を片手に、顔を赤くしたオッチャン。

(あー、声掛けられるかなー)と思っていたその矢先、
「おねぇちゃん。」とはじまりました。
 
 
「いまな、ここのおばちゃんから200万預かって、
あしたの宝塚杯で5000万にせなあかんねん。
適当でいいんやけど、何枠が来ると思う?おねえちゃんの意見聞かせてや」と。

指をさしたその先には、おばちゃんから預かったと思われる
 200“円”が。笑

不思議と、おっちゃんの目にイヤーな感じはなく、
「そうねラッキーナンバーが3だから3で!でも全然わからないよ、競馬!」と
警戒心を持ち合わせながら会話をする私。
 
 
「ほんまか?」
「それで大学受験も乗り切って来てるから大丈夫!笑」
「そうか、そしたら旦那も3番目につきあった人か?」
「・・・!たしかに!笑」
「ほー、そら間違いないかもしれへんなーー」

「おねえちゃんは宝塚の何組や?そらぐみか?」
「花組かな。」
「背があれやから娘役やなぁ。はははー」

と、不思議と不快ではない掛け合いが始まり、話は進みます。

最初は疑心暗鬼で、大丈夫かなーめんどうなことにならないかな・・
という気持ちだったけど、親近感を持ち始める話に繋がります。

・奥さんの出身大学が徳島大学で、私が福島大学で地方国立大。
・あと、なんとなく響きが似てること。
・おっちゃんの奥さんの誕生日(今は亡くなっている)が、私の誕生日と1日違いであること。

ほかにも、奥さんとの馴れ初めを聞いたり、
大学時代は学生運動で忙しかった話なんかを聞いていた。
妙に博学で、物知りさんだったから「博学ですねー」と言ったら
「いちおう京大だからなー。
 裏口入学、中退だから籍は残ってないけどなー(笑)」とのこと。

あー、なるほどなーと思ったりもした。

このおっちゃんの優しそうな眼差しは、
奥さんの話しかり、ほんとやさしい人なのかもしれないな、と思ったりした。

その後、後から入ってきた競馬好きカップルのおかげで
本筋の3連単予想をしてもらった。
これまた豪快なお兄ちゃんとお姉ちゃんで、めっちゃ盛り上がった。
おっちゃんは餃子を食べ終え、明日のために退散。

わたしも続いて退散。
餃子食べて、笑って、深いいはなしして、、、

ラッキーナンバー3.

すてきな6月23日土曜日の夜でした。

 
翌日、全く予想外の1着2着3着だったけど、
【おっちゃんの200万円勝負】はどうなっただろうか。

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NOTEに移行してみつつ…

こちらはこちらで、残しつつ。

NOTEに書きたいことを書きつつ行こうかと思います。

https://note.mu/uenokanae_story/n/n5217c26015dc
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大切な価値観 [日記帳]

人によって全くちがう、「大切な価値観」。

今後のネタのために、メモ。



フラット、自然体、あるがまま、生まれ持った資質、とりつくろわない、
道理にかなうかどうか、正しさはない、絶対もない、本質、全体、
思いやり、やさしさ、謙虚さ、ストーリーを考える(点ではなく線)。



そんな感じ。

「大切にしている価値観教えて」は、相手を知るための魔法の質問です。

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ゆく半年、くる半年 [日記帳]

2017年の前半を振り返り、一言で言い表すとすると
【リレー走】でした。


入社以来、20代はずーっと短距離走の勢いで長距離を走る感覚で、
途中で息切れし、担架で運ばれたりもしました。(3年前の入院)

「あー、走りすぎだったんだ」と思った3年前。
その翌年1年はハイキングくらいの感覚で、
仕事をしていた部分がありました。

…結果、すごく虚無感だけが残る。という不思議な感覚になりました。
手ごたえや充実感、というものではなく、
なんとなく物足りなさが残り、
これもまた違うんだなぁ、という感覚。

身体は無理をしたくない、だけど一生懸命働きたい、
そのバランスが難しい。


この半年、振り返るとまた短距離走をやっています。

だけど、

唯一心の持ち方で違う部分は、

短距離のように個人タイトルを目指しているのではなく、
リレーのようにみんなでバトンを渡しあいながら走っている感覚だということ。


そして、それが
心地よく、しあわせであるということ。


1,2月:採用イベントで土日に全国を駆け回り
3,4月:採用と新入社員の受け入れ準備、そして研修につきっきりで育てさせてもらい
5,6月:中途採用が始まり、半分倒れかけた同僚のフォローもしつつ
できる範囲で、力を尽くさせてもらっていることが
なんとも有難いと感じる毎日でした。

プライベートでも、今年から
お茶のお稽古を再開し、勉強会の世話人を任せてもらうことになりました。
土日の予定がどんどん埋まっていく状況ではあるものの、
それもまた、心地よくアクティブな状態にさせてもらえているなぁと
感じています。

当初はちょっとしんどいかなー・・と思っていたけれど
”仲間”がいて、そこに信頼できる繋がりがあるだけで、
人生2倍楽しませてもらっているような感覚です。


人生に身をゆだねるって、こういう感じなのかな~


頼まれごとは断らず、
できる範囲で(←ここが重要(笑))お役に立ち、
自分の「好き」に正直に生きること。


残りの半年も、身をゆだねてみようと思います。
委ねる1年。どうなるか。わくわく。
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ただ在る [日記帳]

やさしく、ありたい。




どんなことでも、ただただ受け止めてあげるような

自分の中から、たくさんの愛情をあふれさせるような

すべてを包み込んであげるような、

そんな風に、やさしくありたい。


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何者にもならない [kanae's哲学]

じぶんらしさ、という言葉の中には
アイデンティティとか、他人とはちがった個性とか、秀でたもの、
を持っていなければならないかのようなニュアンスが
ちょっと含まれるのかもしれない。

だけど、じぶんらしさ、って
親からしまこっぽいよね、とか
友達からしまこっぽいよね、とか
自分では案外気が付かない何某をさしていて
自分で気づいている「じぶんらしさ」は本当にそうなのかと言われると
実は怪しかったりするのではないだろうか。

他人から言われて受け入れがたいものも、
言われて嬉しいことも、
きっとどちらも、周りから見たときの事実なんだけど、

じぶんらしさとして受け入れられるものと、そうでないものを、
勝手に選別していたり。


もはやそこに拘らなくなったとき、
人は初めて「ありのまま」で「自由」でいられるのかもしれないなぁ
と、おもう。


自分らしい、という何者かになることなく
すがすがしくいきいきと、命一杯輝かして生きるこどものように、
そんな風に、生きてゆけたら、
どれだけステキなことだろう。


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断然仕事が楽な理由 [日記帳]

3歳児と5歳児。
姪っ子2人と一緒に過ごす、1週間。

ママは3人目の出産で入院。
パパはお仕事で大忙し。

ばあちゃんちで、
じじ、ばば、しまこ、3歳児、5歳児での生活。
(私は夏休みと有給をプラスして、1週間里帰り)

大変だろうな、と思っていましたが、
思っているより、もっと、たいへん。

子育てって、これが24時間毎日なのね…。


相手のニーズを聞き続ける(おなかすいた、○○しよう、○○は嫌だ)ことの大変さ、
言葉がままならない人間とのコミュニケーション、
こちらの要望はそれほど聞いてもらえない、という状況。

力の抜き加減のわからない初日と2日目は、バタンキューでした。


思ったこと。

①首都圏と地方の問題。

これが東京で、核家族で、だったら死ぬほど大変だ、と思う。
特に子ども2人の子育ては。

ましてや、旦那さんの帰りが遅い、なんていったら
本当にストレスがたまって鬱になってしまうだろう。

実家にいると、ばあば、じいじ、にちょっとの時間でも見てもらえるから
その隙に息抜きができる。

家事も分担できる。

そうじゃない首都圏での暮らし、生活。

まともな会話が成り立たない生活を毎日するのは、本当に大変だ。


②仕事>子育て と感じた理由
仕事をしていたほうが、断然楽。と感じた。

仕事でも、怒られたり、精神的にストレスがかかったりするけれど、
まともな会話が成り立ち、自分の要望を聞いてくれ、
自分で自分の時間の管理ができる状態は、
その他大変なことがいくらあっても、
核家族での子育て、と比べたら
きっと「楽」と感じる人が多いのではないかと思う。

これは、
子育て未経験の、とある女性の、一意見でしかないけれど

「子供を預けてはたらく」ことを選択する気持ちの中には

・お金のこと  も理由にあるだろうけど、
・母親の自分の時間の確保  も理由にあるのだと思う。


待機児童や、保育所が少ない、
女性の社会復帰など様々なことを言われているけれど、
その問題を考えている人の中に、
どれだけ今の生活スタイルでの子育てを経験している人がいるのか。


子供を育てる家族の輪や、
保育所とかじゃない、もっとゆるい子育てコミュニティーを広げることと

ある程度子育てが手を離れた人たちが
キャリアの空白期間があっても戻れる職場を作ること
(職場で、ゆるく許容範囲を持つ工夫)が
必要なんじゃないかと感じました。


子供にとって、0~4歳くらいまではほとんど記憶にはないだろうけど、
大人になった時の無意識の中に残る「親の愛情」は
この期間にたくさん蓄積されると思うのです。


自分の子を他人が育てるって、なんかなぁ。
こそだては「自分」のエゴが通らない、ということが
よーくよーくわかりました。


東京で仕事をしているときとは、
まっっっったく別次元の時間の流れ方をしている1週間。


感じること、気づくことも多い1週間です。


とはいえ、とてもかわいい姪っ子たち。
たくさん愛して、たくさん抱きしめて、ベロベロして(笑)あげよう。


ママがいないあいだ、ママ代わりをさせてくれてありがとー。


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ゆるんだ~ [日記帳]

仕事から1週間離れ、ゆるんだ~

ゆるむと、いかに仕事中緊張していたかがわかる。

1年に1、2回のリトリートは必要ですなぁー

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ふえた時間 [日記帳]

1日24時間、これは誰にでも平等である。

どんなに偉い人でも、貧困地域に暮らす人でも、楽しくても、悲しくても、
平等に1日24時間が同じスピードで流れていく。


そんな中、ふえた時間がある。


24時間の中で、「だれかのしあわせ」を考えている時間。


これは、圧倒的に増えたのではないかと思う。

自分が自分が、と考えていた時間。
もっとわかってほしい!なんでわかってくれないの?こっちの方がいいじゃん。
というエゴ。自分に向いていたベクトルとエネルギー。

今は、相手の本質的なしあわせを願いながら仕事をし、
毎日を生きているような気がする。


この時間が増えただけで、自分の中の幸福度合と笑顔度合がグンとあがった。


相手の幸せを考えるだけで自分が幸せになる?
どんな矛盾だ。それは。


と思うかもしれないけれど、これが実はそうなんだなぁ。
幸せを思って行動をして、うまくいってもいかなくても、この自己幸福度はさほど下がらないのだ。
なんなら、もっとエネルギーが出てくる感じがする。


昔は無理して相手の幸せを考えていたかもしれない。
多少の自己犠牲を感じながら。

今はどうだろう。
自分も満たされた状態でそこに向かえている。
自分に対して、ないものねだりではなく、あるもの勝負で出来ることを考えている。
とてもナチュラルに。ニュートラルな状態で。


そうやって、周りに花を咲かせられたら幸せナ人生だと思うのです。
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お久しぶりのその理由 [日記帳]

心の内を書き綴るブログ。

ここ1年、会社の日報に一言コメントを書くようになって
すっかりご無沙汰になりました。

少し前までは、会社のひとたちに見せたくない自分や、
見せるのが恥ずかしい自分があって、
そういう内面をここにつづっていたのだけれど

オープンマインドになったんだね

割となんでもさらけ出せるようになりました。


と言っても、このブログをやめようとは思わず、
相変わらず、つらつらと日々感じたことを
大真面目に、ときにふざけて、アップしていきたいと思います。
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We got married [日記帳]

結婚式、ハネムーンと無事に終え、通常営業にもどりました。

しま子です。


3人兄弟の末っ子も結婚。
お父さん、お母さんからしたら、子育て卒業式、でしょうか。

来て頂くゲストの方の顔を思い浮かべながら準備をしました。
意味のある式にしたいなぁ、と創意工夫をこらしました。
式で使用するアイテムをお母さんたちに作ってもらったりしました。
準備はおおむね楽しくて、あれやこれやと98%の段取りを私がやりました(笑)。

きっと花嫁さんは緊張したりするのでしょうが、
1日通してずっと楽しくって、
本当に大切なひとたちに囲まれて、たくさんの祝福を浴びて、
みんなに感謝して、笑顔であふれている空間が、幸せでしあわせで…

周りにしあわせを届けられるような夫婦(家族)になっていきたい、と
決意を新たにしました。

この世にうまれてから、10775日。
それはそれはプレシャスな、1日となりました。
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あぁあぁ、 [日記帳]

両親への手紙、
何を書こうかパソコンとにらめっこしたら、涙腺崩壊。

@ミスド (笑)
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1日1日をど真剣に生きる。 [日記帳]

スマホに、COUPLESという恋人専用SNSを入れているのですが、
毎日1つ質問が届く仕組みになっています。
その質問に対して、彼女・彼が答えて、そこコミュニケーションがうまれるという仕掛けです。

で、昨日の質問が、「一番大事な記念日は?」だったのですが、

うーん・・・と考えて、結局
「記念日とか関係なく、毎日を大切にしたい」 と思いました。


1年前の今日について、
私は24時間分の記憶を持ってはいません。
何を食べたか、誰と会ったか、どんなテレビを見たかも覚えていない。

確かに生きていたはずの日、ですが、その日の記憶がどんどんなくなっている。


映画やドキュメンタリーで、記憶喪失の話などありますが
現実世界の私にだって同じことが言えると思います。


1週間前の木曜日でさえ、24時間分の記憶はないのです。


そう思うと、今、この瞬間を大切に味わいたい。


忘れていく過去の中で、強烈に覚えていることは
一生懸命何かを成し遂げた濃密な時間や、感動した時間なのだと思います。

1日1日をど真剣に。
Specialな時間を積み重ねていきたいと思います。
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おはよう [日記帳]

目が覚めて おはよう と言う相手がいる幸せ。
家にいて おかえり と言う相手がいる幸せ。

2人で暮らすようになって、まいにち沢山の学びがあります。

自分を満たして欲しくて、わがままに感情がブレたりするときもあるけれど、
自分を満たす以上に、相手を満たしてあげたくなる気持ちが持てることがしあわせです。

お弁当を作るのも、
自分のためだと気は乗らないけど、だれかの為なら楽しめるんだなぁ。

「人」の根本に、誰かのために、の想いが眠っているということ。
「人」の成り立ちの中心は、家族にある、ということ。


これから、周りをしあわせにできる家族になっていきたいと思います。
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